チネチッタはずっと非公開だったのですが、サイトを見てみるとガイドツアーがあるらしいので行ってきました。
チネチッタの地下鉄駅のすぐ上が玄関で、中に窓口があって「ガイドツアーに参加したい」と言うと切符を売ってくれます。英語ツアーは11:30、16:30のみ。集合地点はカフェの前です。
前庭にフェリーニの「カサノヴァ」の冒頭に出てきた女神像(ヴェヌシア)の頭部が埋まっています。これ見ただけでもう泣きそうです・・
知らない人のために前説すると、チネチッタはムッソリーニがファシズムの宣伝映画を作るために1937年に作ったヨーロッパ最大規模の映画スタジオで(ドイツのウーファー社との比較は知りません)、いまだにムッソリーニ時代の建築が残っています。ファシズム時代の映画はまったく見たことはありませんが、スキピオvsハンニバルのポエニ戦争の話を、軍隊を動員して撮ったりしてたみたいです。
戦後、ネオリアリズムが開花し、そこで出てきた才能がイタリア映画の黄金期を築きます。また同時に資金が潤沢なアメリカ映画の撮影にもチネチッタが使われるようになり、チネチッタは世界的に有名な映画スタジオとしてその名を轟かせました。オードリー・ヘップバーンの「ローマの休日」「戦争と平和」とか、デビッド・リーンの「アラビアのロレンス」とか、「クレオパトラ」「クオ・ヴァディス」といったローマ史劇とか、ハリウッド映画のプロダクションは80年代までに27本になるそうです。
いまもハリウッド映画や、テレビドラマ、CMの撮影にも使われています。スタジオ数は21(17は欠番なので22まである)
ツアーのガイドは、第1スタジオ横のカギを開けて中に入ります。
まっすぐ奥に進んだところにあるのが、チネチッタ最大の第5スタジオ。5回アカデミー賞を受賞したフェデリコ・フェリーニ監督のホームグラウンドです。広さ3000平米。
いま、「ベン・ハー」のリメイク版の準備中で、スタジオは空いていて運良く入れました。ありがたい。
「そして船は行く」のエンドロールで豪華客船の甲板のセットを見せているのは、このスタジオだったんだなあ。「アマルコルド」の豪華客船も、「カサノヴァ」のヴェネチア大運河も、「甘い生活」のヴェネト通りのクラブも、「8 1/2」の温泉保養地も、「ローマ」の地下鉄工事遺跡も、「サテリコン」の大地震も、モロ見せの「インテルヴィスタ」もぜんぶここに現出したまぼろしだったんだなあ。あれらの傑作を見てから30年、やっと来ることができましたよ。わたしの中では、30年前からぜんぜん時間が止まってるんです!
いまこのスタジオは伽藍堂だけど、フェリーニという大天才がここにこの世のモノでないものをどんどん創り出して、世界中を幻惑したんです。すごいことです。
どのように称賛しても足りません。まさに聖地と言えるでしょう。
フェリーニはポポロ広場ちかくに住んでいましたが、撮影中はこのスタジオの横にずっと住んでいて、朝からセットの中を歩き回っていたそうです。・・・という話を塩野さんにしたら、塩野さんはフェリーニ監督に「来てもいいよ」と言われれて、ここでマエストロがラッシュの編集をするのを見に来たことがあるらしい。すごいっす・・・
われわれもスタジオの中を突っ切って、隣にある巨大オープンセットへ。いまから10年前にBHOとBBCが200億円以上という巨費をかけて作った連続ドラマ「ROME」のセットです。制作費200万ドル、100人が半年かけて作ったオープンセット。
チネチッタの優秀なスタッフが、ポンペイやエルコラーノの遺跡を参考に作ったもので、最新の発掘成果が取り入れられていると思います。つまり、昔のローマ史劇とはずいぶん違うところがあります。こまごました生活の道具も再現されていて、ちゃんと残っています。こういうのは前の「ベン・ハー」の時代には考証が適当だったものです。
おー、カエサルのバジリカが!
まあこのカエサルからアウグストゥスの時代にかけてのドラマ、わたしもおもしろく見ましたが、世界中でヒットしたようです。でもイタリアではRai2で放送されたけどイマイチの評判だったとか。
小振りのフォロ・ロマーノに、カエサルのバジリカ、ユピテルの神殿、ヴィーナスの神殿、「聖なる道」、下町などがセットで再現されています。フォロの一角は、なぜかエジプトになっていて、ここでクレオパトラとアントニーのエピソードが撮影されたんです。セットを見るといろいろ謎が解けます。
建物はファイバーグラスで作られていて、耐久性抜群です。その後、多くの映画やCMの撮影に貸し出されているらしい。「特に日本のテルマエ・ロマエというベリー・ファニーな映画に貸し出されて・・・」と、ガイドがムチャ振り。
まさかローマで外人相手に「テルマエ・ロマエ」について解説させられる羽目になるとは思いませんでした。
一作目の「テルマエ・ロマエ」の大成功は、ハッキリ言ってこのセットを貸してもらえたことによるところが大きいと思います。
ここで市村政親ハドリアヌスが演説を・・・ちょっと200年ほどずれてる気もしますが・・・
そのセットの中のひとつの門をくぐり抜けると、こんどはエルサレム神殿が現れます。ここはいま公開中のキリスト映画のセットなので撮影禁止。
その隣にあるのが、あのチャールトン・ヘストンの「ペン・ハー」の海戦シーンが撮影された、有名なプールです。
さいきんの「エベレスト」という映画では、このプールの中にエベレストが作られたそうです。だいたい「クリフハンガー」だってドロミテで撮影されましたが、高所恐怖症のスタローンはチネチッタで撮影していたんです。そういうもんです。
プールの縁に、今度のリメイク版の「ペン・ハー」で使用されたガレー船のセットが転がっています。すごいです!
しかし、新ベン・ハーは、族長イルデリムの役にモーガン・フリーマンが出るそうだが、イルデリムの出番なんか増やしてもしょうがなかろうに。
新旧「ベン・ハー」の遺跡が・・、「ベン・ハー」は4度目の映画制作だとは思いますが・・
その横にレオナルド・デカプリオが出た「ギャング・オブ・ニューヨーク」のセットが、火事で焼けてしまって無残な姿をさらしています。この映画は制作費が巨額だったので、チネチッタのスタジオのほとんどを2年間貸し切りで撮影されたそうです。
その横には、典型的なイタリアの田舎の教会前広場が再現されています。
このセットは撮影によっていろいろ変更するようで、教会の壁をトスカーナ風に直したり、広場の一部はヴェローナの町になっていて、最近の「ロメオとジュリエット」の撮影に使ったり、
同じ広場の反対側は南国風でナザレの町になっていたりします。変な広場です。
ヴェローナの町の壁の向こう側は、ジェード・ロウが主演するテレビドラマ「ザ・ヤング・ポープ」の撮影のために、ヴァチカンのファサードになっているそうです。
要するに、何でもできるんです、ここは。
そんなこんなでガイドツアーは終わり。
ガイドツアーに参加しなくても、チネチッタには展示施設(エキシビション)があるので楽しめますよ(チケット別)。
玄関入って前庭を挟んで左奥から1〜4と並んでいます。
1は「なぜチネチッタか?」という建物で、ムッソリーニ時代の映像展示と、フェリーニに捧げられた部屋があります。ここでは「甘い生活」のアニタ・エグバークの衣装、「道化師」の衣装、「ジンジャーとフレッド」でジュリエッタ・マシーナが着た衣装、「8 1/2」のラストシーンの笛を吹いて行進を先導する子供グイドの衣装が展示されてています。涙がちょちょ切れます。
そのすぐ横が2映像展示になっていてチネチッタで作られた映画の数々を下手なモンタージュで紹介しています。まずネオレアリズモ、「自転車泥棒」はいつ見ても泣けるなあ。
そして「ティベレ川のハリウッド」と呼ばれたアメリカ映画との関わり、マカロニウエスタン(は、イタリア語では「スパゲティ・ウエスタン」)、あとセルジオ・レオーネは優遇されて一部屋与えられてましたね。
「クレオパトラ」でエリザベステーラーが着た衣装。「メイク4時間」と言われましたよね。
ヴィスコンティの「夏の嵐」でアリダ・ヴァリが着た衣装。うう・・・
次の展示は3バックステージと言うことで、コンテとか、サウンドトラックとか、クロマキーとかの説明展示。
あと、なぜかわからんが、最後にアメリカ海軍の潜水艦内部のセットを通って外に出ます。
ご存じの方は少ないと思いますが、わたしは出版社に行かなかったら、THという日本の映画会社に入ってたんですよ。だから学生時代にけっこう映画は見てたんです。
いや〜わたしには、第5スタジオと、「ベン・ハー」などの超大作映画を撮影した伝説の撮影所を見ることができたということで、本当に感動の一日になりました。
あとですね、そうなんだ、世の中にはこんなすごいものをつくり出す偉大な才能があるんだ。独創は偉大だ、でも可能なことなんだということを、思い出した一日になりました。